車中泊の旅では思いもかけない歴史的な場所に出会うことも!
偶然に出会うワクワク感のある旅でもあります。
そんな車中泊の旅は大人が楽しめる素晴らしい感動を持っています。
計画の無い自由な旅だからこそ、こんな出会いが面白いのかもしれません。
車中泊の旅で偶然に出会う歴史的な場所とは?
いろんな場所で偶然出会ったことをご紹介します。
「西都原古墳群」との出会い
鹿児島から宮崎を抜けて大分まで軽バンを走らせていました。
その途中の町中に入った時に看板に「西都原古墳群」という文字が見えました。あまり興味は無かったので4kmほど通り過ぎたのです。
でも、なにか気になり道を引き返し訪れたのがこの古墳群でした。1,700年程前の4世紀前半から7世紀前半ごろに出来た古墳群です。
実際に歩いてみると博物館があったり当時の独自の古墳の作り方など多くのことが学べました。
中山道・追分宿との出会い
いったんは通り過ぎたのですが、どうも追分宿という看板が目にはいり急遽引き返して行ってみたのです。
中山道の追分宿があり、芭蕉の句も残されていました。
中山道には旧街道があり散歩すると、また当時をしのばせる街並みを見ることができます。
熊川宿との出会い
日本海側を福井県越前から舞鶴に向かう丹後街に沿って走る丹後鉄道「上中駅」の手前から、
若狭街道別名「鯖街道」が分岐します。その先にある最初の宿場町が熊川宿です。
小浜で水揚げされた魚(サバ)は背負子に入れて京都まで一昼夜歩いて運んだという記録が残されています。
当時の歴史や街道沿いの風情ある街並みを歩くことができます。
明治維新発祥の戦い「大田・絵堂の戦い」との出会い
たまたま休憩した道の駅の近くに「大田・絵堂の戦い」の地がありました。
「大田・絵堂の戦い」は長州藩の中の保守派と革新派の間で起きた10日余りの内戦です。
明治維新は、ここから始まったのですね。 元治元年(1864)「大田・絵堂の戦い」は長州藩の中の保守派と革新派の間で起きた10日余りの内戦です。この戦いに勝ったのは、農民や町民と下級武士等で編成された長州藩の革新派でした。以後長州の意思は統一されました。
その後、討幕への道を進み、薩長同盟の密約もなされ明治維新へと向かっていくのです。その中心となったのは革新派メンバーの高杉晋作、山縣有朋、伊藤博文らです。
「金麗社」は彼らが集まり本陣を置き作戦会議を開き勝利祈願を行った場所です。
今になって、第60作 NHK 大河ドラマ「青天を衝け」と重なるのです。
車を止めて散策してみる
熊川宿を散策してみました。今でも生活の場としてそのまま暮していることが、なお当時のイメージに重なるのです。
足で歩いてみると、言葉では言い表せませんが、何か肌で歴史を感じることもあります。
遠い昔の出来事がイメージできる面白さがある!
福井県に抜ける道を走っていたら、途中に世界遺産があり立ち寄ったのです。
そこが世界遺産「菅沼合掌造り集落」だったのです。
菅沼合掌造り集落は、1995年に岐阜県白川郷、五箇山相倉とともにユネスコの世界遺産に登録されました。なぜか火薬の材料となる硝酸カリウム「塩硝(えんしょう)」を作る技術を持ってました。
世界遺産【菅沼合掌造り集落】もう一つの顔を持つ集落とその位置
まとめ
車中泊の車旅では途中で偶然に出会う歴史的な場所があるのです。
歴史など興味が無かったから事前に調べる事も無く旅にでますが、あとからすごい場所だったんだと驚くことがあります。
車旅にはそんな驚きとワクワク感が詰まっています。